丹波

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「戦争から命を守った」として、今も一部の住民に記憶されているこま犬=加茂神社
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「戦争から命を守った」として、今も一部の住民に記憶されているこま犬=加茂神社
台座に入った銘=加茂神社
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台座に入った銘=加茂神社
依田俊治さん
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依田俊治さん

 太平洋戦争中、兵庫県丹波市市島町上竹田の1人の青年が出征する際、母親が武運長久を祈願し奉納したと伝わるこま犬が、地元の加茂神社でまつられている。母親の切なる願いはかない、終戦後、青年は極寒の地より生還を果たした。この逸話を知るのは今では地元でもごく一部だが、「戦争から命を守ったこま犬さん」として、大切に記憶されている。(藤森恵一郎)

 一般には公開されていない拝殿奥に鎮座する、1対の木彫りのこま犬。精悍(せいかん)な引き締まった体に、勇猛な表情を刻んでいる。台座の正面に「奉献」、裏面に「昭和一七季一月吉日 願主 上竹田 依田俊治」とある。

 こま犬研究をライフワークとする地域史研究家の山内順子さん(同市)によると、戦前や戦中に各地で好んで手本にされた、大宝神社(滋賀県栗東市)のこま犬と特徴がよく似ているという。

 「たった1人の跡取り息子やった俊治さんが、シベリアから元気で帰ってくるよう、武運長久を祈って、おばあちゃん(俊治さんの母よねさん)が奉納したんです」と明かすのは、俊治さんの義妹の青木すず子さん(93)=同市=だ。

 「シベリアに抑留されていた俊治さんが終戦後、舞鶴に帰ってくるから、おばあちゃんや、姉(俊治さんの妻)らが迎えに行ったんです。おばあちゃんは俊治さんの姿を見るなり、飛び付いて、抱え付いて喜んじゃったらしいです」。

 家族は俊治さんが無事に復員できたのは、こま犬のおかげだと信じ、深く感謝したという。親戚の女性(76)=同市=らによると、俊治さんは帰郷後、温厚な人柄から「俊ちゃん」と慕われ、自治会長を務めるなど故郷に尽くし、2000年に88歳で亡くなった。

 こま犬の話は地元でほそぼそと伝わってきた。前氏子総代の秋山茂希さん(80)は「子どもの頃にうわさで聞いた。戦争から命を守ったこま犬として大切にしてきた」と回想する。ただ、今では由来を知る住民もほとんどいないという。

 上竹田区の総代、藤田家治さん(68)=同市=は「いわれのあるこま犬。これからも大切にまつって後世に伝えたい。地域の安全を見守り続けてほしい」と話していた。

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