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東京五輪の柔道女子57キロ級で韓国代表として戦った金知秀(右)。「日韓友好の手助けになれたら」=7月26日、東京・日本武道館
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東京五輪の柔道女子57キロ級で韓国代表として戦った金知秀(右)。「日韓友好の手助けになれたら」=7月26日、東京・日本武道館
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■刻む足跡、夢は日韓友好

 五輪史上初めて、柔道韓国女子に在日コリアンが足跡を刻んだ。兵庫県姫路市出身の金知秀(キムチス)は、東京大会の57キロ級2回戦で優勝候補の一角に敗れたが、3年後のパリ大会に向けても期待される20歳のホープだ。

 在日2世の父と、20代で韓国から来日した母との間に生まれた。柔道経験者の父が自宅にこしらえた道場で鍛えるうちに、自然と同国代表としての五輪参加を夢見るようになった。会員制交流サイト(SNS)には民族衣装をまとった自身の写真も投稿し、祖国への愛にあふれる。山梨学院大の一員として技を磨き続け、「日韓両国で活躍し、子どもたちに夢を与えたい」と自身の役目を意識する。

 金知秀が尊敬するのが同じく在日の韓国代表で、男子73キロ級で銅メダルを獲得した安昌林(アンチャンリム)(27)だ。東京生まれ、京都育ち。日本でヘイトスピーチを目の当たりにし、韓国でも在日への差別がなかったわけではない。だからこそ、安は活躍によって「在日はすごいじゃん、となればいい」と願う。

 柔道では過去にも、1964年東京五輪銅メダリストの金義泰(キムウィテ)(通名・山本義泰)らが韓国代表として五輪の舞台に立った。在日コリアンの葛藤は、戦前戦後の歴史と重なる。

 10(明治43)年の日韓併合以降、朝鮮半島から日本へ多くの人が移住。植民地時代、36年ベルリン五輪の男子マラソンで、朝鮮半島出身の孫基禎(ソンギジョン)が日本代表として金メダルを獲得する出来事もあった。第2次世界大戦終戦後、52年のサンフランシスコ講和条約の発効に伴い、在日コリアンは日本国籍を失った。

 2020年末現在、韓国・朝鮮籍のうち、終戦前から日本に住む朝鮮半島出身者らとその子孫の在留資格「特別永住者」は約30万人。3、4世の代となり、日本国籍者も増え、複数のルーツを併せ持つ人もいる。故郷や祖国、文化に対する考え方も個々に違い、在日の中でも多様化が進む。

 日本に国籍を変え、夢を追ったアスリートもいる。ソフトボールで日本の五輪連覇に貢献した捕手の清原奈侑(なゆ)(30)=日立、園田学園女子大出身=だ。

 在日コリアンとして大阪市で育ち、大学時代には韓国代表と大学日本代表の双方から声が掛かった。祖母に「強い方を選びなさい」と助言され、親族の反対を押し切って日本を選んだ。

 控え捕手として投手を支え、仲間と共に夢舞台で輝いた。世界一を、昨年他界した祖母にささげた。

 選択した国は一つでも、背負うものは夢の数だけあっていい。(金山成美、藤村有希子)

【五輪特集ページ】東京五輪2020

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