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朝日湯を経営してきた奥谷元さん、隆子さん夫妻=神戸市中央区旗塚通3
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朝日湯を経営してきた奥谷元さん、隆子さん夫妻=神戸市中央区旗塚通3
朝日湯を経営してきた奥谷元さん、隆子さん夫妻=神戸市中央区旗塚通3
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朝日湯を経営してきた奥谷元さん、隆子さん夫妻=神戸市中央区旗塚通3
まきにこだわり、湯を沸かした鉄製の釜=神戸市中央区旗塚通3
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まきにこだわり、湯を沸かした鉄製の釜=神戸市中央区旗塚通3
神戸新聞NEXT
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 70年にわたって営業を続け、昨年春に惜しまれつつ閉業した神戸市中央区旗塚通3の銭湯「朝日湯」の建物が、3月下旬に取り壊される。地下75メートルから井戸水をくみ出し、昔ながらのまきで沸かす名物銭湯だった。26年前の阪神・淡路大震災では、水不足や入浴に困る人々に井戸水を提供し、いち早く営業を再開。多くの被災者がたまった疲れを落とそうと足を運んだ。(長谷部崇)

 阪急春日野道駅の北、住宅地の中にある朝日湯を経営してきたのは奥谷元(はじめ)さん(82)、隆子さん(79)夫妻。燃料となるまきは元さんが毎日、オート三輪や軽トラックに乗り、倉庫の木製パレットや酒蔵の木箱など、さまざまな場所で使わなくなった木材を調達。釜場の前に山積みにし、ガスや重油が主流になっても「お金がかかるやん」(元さん)と、木材にこだわった。井戸水をまきで沸かした湯は「まろやか」と評判だった。

 朝日湯は元さんの両親が戦後に開業。1960年代には1日千人が訪れ、市内でも少ない「千人風呂」の一つだった。元さんは大学卒業後に両親を手伝うようになり、63年に隆子さんと結婚。2人の間に生まれた3人の子どもも、木材の調達や浴室掃除を手伝い、釜にまきをくべる「釜焚(た)き」と呼ばれる職人や、親の入浴中に赤ちゃんの世話をする女性も雇った。

     ◇     ◇

 95年1月の阪神・淡路大震災で、神戸は大半の家庭が断水し、多くの区でガス供給がストップ。近隣の銭湯が何軒も倒壊したが、朝日湯は配管が破損した程度で、被害は小さかった。井戸も無事で、近隣住民に井戸水を提供。水を入れる衣装ケースやバケツを抱えた人たちが列をつくった。

 震災から数日後、銭湯の営業を再開すると、被災者の間で広まったのか、1日約2千人が殺到し、2時間待ちの行列ができた。道路が寸断された影響で、燃料のまきを入手できなくなると、大阪からタンクローリーで重油を運んでもらい、湯を沸かした。湯船に漬かった人たちはみんな、「半月ぶりの風呂」「涙が出るくらいや」と喜んだ。

 近年は入浴客も1日200人ほどに減り、夫妻だけで切り盛りしたが、2019年秋に隆子さんが背骨を傷めたのを機に休業を決めた。2人の体力の問題や、鉄製の釜がひび割れるなど設備の老朽化もあって、新型コロナウイルスの感染拡大が始まった昨年春、ひっそりと店を閉めた。

 「完全燃焼」と元さん。コロナ禍の前は昨年夏に予定されていた東京五輪まで店を続け、最後の3日間は住民に銭湯を無料開放するつもりだった。隆子さんは「いろんな人が訪れて、わいわいお話できるのが銭湯のよさ。さみしいけれど、いい仕事だった」と話す。

■神戸の銭湯数 50年で10分の1

 家風呂の普及や後継者不足で銭湯の数は全国的に減り続けている。

 神戸市内で浴場組合に加盟する公衆浴場は、ピーク時の1964年に366軒あったが、90年には229軒まで減り、95年の阪神・淡路大震災でさらに半減した。2021年1月末時点では35施設。この50年で10分の1に減った。

 神戸市浴場組合連合会と銭湯の活性化に取り組む神戸市企画調整局つなぐラボは、ツイッターで朝日湯の思い出をつぶやいてほしいと呼び掛けている。市の公式アカウント「つぶやこうべ」のハッシュタグ(検索目印)を付けて投稿する。志方功一特命係長は「朝日湯の歴史を通して、銭湯文化について考えてもらえれば」と話す。

 朝日湯で廃棄予定だった2台の体重計は、アンティークショップ「神戸トランヂスタ」(神戸市長田区浪松町2)で販売されるという。不定期営業。神戸トランヂスタTEL090・3490・6572

(長谷部崇)

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