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慰霊碑に刻まれた北田明代さんの名前を見つめる和田里佳子さんと瞳さん(右)=西宮震災記念碑公園
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慰霊碑に刻まれた北田明代さんの名前を見つめる和田里佳子さんと瞳さん(右)=西宮震災記念碑公園

 阪神・淡路大震災で甚大な被害を受けた阪神間。あれから26年。街は美しく生まれ変わり、新しく住み始めた人たち、震災を知らない世代も多くなった。けれど-。「元気にやってるよ」「ごめんな」。17日、亡き人ゆかりの地は祈りに包まれた。

 コロナ禍でも、祈りは続く。兵庫県西宮市奥畑の西宮震災記念碑公園ではマスク姿の遺族らが次々に訪れ、花束を手向けた。

 「もう同い年だよ」。和田里佳子さん(60)=同市=は、母親の北田明代さん=当時(60)=の名前が刻まれた石碑の前に立って声をかけた。

 里佳子さんは里帰り出産のため、地震の2日前まで約1カ月間、同市の実家にいた。明代さんとはすぐ3日後に再会する約束だった。家を出る時、「寂しくなるねえ」とこぼす明代さんに「また18日にね」と声を掛けたのが、最後の会話になった。

 17日、実家の巨大なはりが明代さんの腹部に落ちた。即死だった。

 母と同い年になり、改めて思う。「まだまだ生きられた。したいことできたのにって。今なら痛いほど分かる」

 この日はあの時、生まれたばかりだった次女の瞳さん(26)も一緒に公園を訪れた。「これからもずっと見守っててね」

 同市の奥田美枝子さん(72)は、娘の坂野節子さん=当時(24)=と孫の翔太ちゃん=当時(3)、優太ちゃん=当時(1)=を亡くした。

 離婚して、美枝子さんと同じ文化住宅に移り住んできた3人。銘板を見つめながら、うつろな表情でつぶやく。「今は夫も亡くなってひとりぼっち。ただただ、さみしい」

 同市の村瀬清子さん(71)は、父親の武内五男さん=当時(79)=を失った。つい先日、1月10日には母のマサノさんが101歳で死去した。

 99歳まで毎年、公園を訪れていたというマサノさん。「母は父の分まで長生きしてくれた。2人ともやっと会えたと喜んでいるでしょう」。脳裏に亡き父と母の笑顔が浮かんだ。(村上貴浩、前川茂之)

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