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丹波豪雨

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民家は濁流にのまれ、自宅に取り残された被災者もいた=2014年8月17日午前5時49分、丹波市市島町徳尾(読者提供)
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民家は濁流にのまれ、自宅に取り残された被災者もいた=2014年8月17日午前5時49分、丹波市市島町徳尾(読者提供)

民家は濁流にのまれ、自宅に取り残された被災者もいた=2014年8月17日午前5時49分、丹波市市島町徳尾(読者提供)

民家は濁流にのまれ、自宅に取り残された被災者もいた=2014年8月17日午前5時49分、丹波市市島町徳尾(読者提供)

 丹波市市島町の下鴨阪自治会長、余田善彦(61)は、土砂でおしつぶされた同町徳尾の民家に志賀輝行さん夫婦が残されていると聞いて、すぐさま地元の建設業者に重機を手配した。道路は荒れていたが、重機は1時間余りで駆け付けた。市からの要請を受けた陸上自衛隊のほか、県警機動隊や市消防も必死に捜索活動を続けた。

 17日午前11時5分、志賀さんの妻(73)が建物の隙間から救出された。両脚を骨折するなど重傷だったが、命に別条はなかった。午後1時16分、志賀さんが発見されたが、既に息を引き取っていた。

      ◇

 余田が志賀さんの捜索活動に立ち会う一方で、上竹田駐在所巡査部長の船越健二(30)は地元消防団と共に住民の安否確認を急いだ。誰がどこに住んでいるか、家族に足の不自由な人や小さな子どもはいるか、避難所に来ていない人は-。迅速な救助のためには情報が必要だ。歩けば歩くほど顔見知りと出会い、情報が増えた。特に各自治会長は市島支所からの指示もあり、避難者の状況を詳細に教えてくれた。

 午前10時ごろまでには、町内5駐在所員をはじめとする丹波署員らが続々と集まってきた。情報があっても、それが事実でなければ救助活動が混乱する。船越らは住宅地図を手に持ち、各家庭を1軒ずつ尋ね歩いた。自分たちの目と耳で確認できてから、安否を地図に書き込んだ。

 そのころ、同町徳尾の前山ふるさと農園には消防団員や市職員、局地的な災害が発生した際に派遣される県警緊急災害アシストチーム(SAND)の隊員らが集まり、駐在所員らの情報を基に避難誘導や救出方法を検討していた。氾濫した前山川や鴨阪川の水に囲まれる形で逃げ場を無くした集落もあった。足が不自由な人や赤ちゃんを連れた被災者はヘリコプターを使って救出された。一時は川にロープを渡し、ゴムボートで救出する案も検討されたが、濁流にのまれる危険がある。土砂崩れに警戒しながら山側に回り込み、徒歩で誘導する方法が採用された。

 ふるさと農園で救出方法が討議されている間、船越らは集めて回った情報を隊員らに伝えた。隊員が次の指示を出すと、現地を知っている船越が間に入り消防団員らに伝えた。外に出て情報を集めたらふるさと農園に戻って伝え、また外に出る-。この作業をひたすら繰り返した。

      ◇

 二次災害がいつ起こるか分からない。安否確認とともに、各地区の住民に避難所に移動するよう促す必要もあった。中には「うちは大丈夫だ」と避難を拒む人もいた。船越は他の駐在所員らと協力し、なんとか説得して回った。午後4時ごろ、最後の1軒を避難させ終えた。その瞬間、船越は他の署員らと共にその場に座り込んだ。

 午後6時ごろに上竹田駐在所に引き上げた船越は、前山小に止めていたミニパトカーのバンパーが割れ、後輪がパンクしていることに気付いた。災害の大きさをあらためて感じた。(敬称略、年齢は当時)

2015/3/1

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